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横浜地方裁判所 昭和36年(む)308号 判決

被疑者 甲 外一名

主文

本件準抗告はいづれもこれを棄却する。

理由

本件準抗告申立の理由の要旨は、「横浜地方裁判所裁判官松沢二郎は、昭和三六年七月七日になした被疑者甲、同乙に対する覚せい剤取締法違反各被疑事件の各拘留請求について、右被疑者らは少年であり、横浜市内には少年鑑別所が設置されているからこのような場合は家庭裁判所の裁判官に観護措置の請求をすべきであつて、地方裁判所の裁判官に拘留の請求をすることはできないから、本件は少年法第四三条第三項にいう「やむを得ない場合」にあたらないとしていずれもこれを却下した。しかしながら、

一、少年の被疑事件についても検察官は地方裁判所の裁判官に拘留の請求をなしうることは法律上明らかであり、右の如き見解は誤りである。

二、(一)本件は覚せい剤事犯であつて、別に拘留されている被疑者加藤実(成人)と共犯関係にある。(二)しかして、右加藤は、警察官に対しては、被疑事実を自供しているが検察官に対してはこれを全面的に否認し、右甲、乙両名は営利目的の存在を否認し、しかも所持にかかる覚せい剤アンプルの本数の点につきくい違つた供述をしている。(三)右甲は偽名を用い又右乙は住居不定で同種事犯の前歴がある。

これらの事情からすれば、被疑者らはいずれも証拠を隠滅し、逃亡する虞が極めて大であることが明白であり、このような事案につき拘留によらず少年法第四三条第一項による拘留に代る措置をとるときは搜査に重大な支障を来たすものであるから、本件は正に少年法第四三条第三項にいう「やむを得ない場合」にあたるのであつて、これと反対の判断のもとに本件各拘留請求を却下した原決定はいずれも相当でないから同決定の取消を求める」というにある。

よつてまず検察官の一、の主張について判断する。

本件記録によれば、右裁判官は単に本件はいずれも少年法第四三条第三項に規定するやむを得ない場合にあたらないとして却下しているのであつて、検察官が主張するような理由をもつて却下したものであることを窺わしめる資料は何ら存しないから、検察官の右主張は理由がない。(なお、少年の被疑事件について当該裁判所の所在地に少年鑑別所が設置されている場合においても検察官はやむを得ない場合は地方裁判所の裁判官に対し、拘留の請求をなしうるものであることは少年法、刑事訴訟法の規定上明らかであるから、仮りに右の如き見解があるとすればその見解は誤りである。)

そこで検察官が本件被疑者らの拘留を請求するについて、やむを得ない場合に該当する事情があつたか否かについて検討する。

少年法第四三条第三項、同法第四八条第一項にいわゆるやむを得ない場合とは少年である被疑者が刑事訴訟法第六〇条所定の要件を完備する場合において、当該裁判所の所在地に少年鑑別所又は代用鑑別所がなく、あつても収容能力の関係から収容できない場合又は少年の性行、罪質等より拘留によらなければ搜査の遂行上重大な支障を来すと認められる場合等を指称するものと解するを相当とする。

しかして一件記録に徴すれば検察官主張の前記二、(一)(二)(三)の事実を認めることができ、この事実よりすれば、被疑者等が証拠隠滅、逃亡する虞があることは十分で被疑者の身柄を拘束して搜査する必要のあることが認められるが、本件記録によつてうかがわれる事案の全ぼうに照らすと、それらの事実だけでは、未だもつて被疑者らを拘留しなければ搜査の遂行に重大な支障を来たすとは認められず、多少の不便があつたとしても、少年法第四三条第一項による拘留に代る措置をもつて足りるものと考えられるところ横浜市内に少年鑑別所が在ることは明らかであり、右鑑別所の収容能力の関係から被疑者らを収容することができない状態にあつたものであることについてはこれが資料は存せず、その他やむを得ない場合に該当する事実が存在したことを認めるに足る資料は何ら存しない。

よつて被疑者らに対する各拘留請求をいずれも却下した原決定は相当であり、本件準抗告は理由がないから刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第一項に則りこれを棄却することとし主文のとおり決定する。

(裁判官 青山惟通 阿部哲太郎 鈴木悦郎)

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